「七十の手習い」

昭和38年(1963年)3月卒 理工学部機械工学科 箱岩千代治

就職して最初の勤務地は東京でした。それから長崎、京都、愛知県の岡崎、アメリカ(ロス・アンゼルス)、東京と渡り歩いて、最後は京都の自宅から通勤できる茨木に来て、平成11年(1999年)の年末に定年退職まで9ケ月を残して自主退職し、コンピュータ関係ではミレニアム問題で話題になった平成12年(2000年)元日から退職生活に入りました。以下は退職後の生活の一端です。

昔から習い事は6歳までに始めるのが良いと言われ、歳取ってからの習い事は六十の手習いと言われます。確かに、体や脳の発達を考えれば、習い事は小さい時に始めた方が上達が早いことは頷けます。ところが、私は敬老乗車証をいただける齢(京都市では70歳以上)で、そこそこ本気になって尺八をやろうというのですから、まさに七十の手習いです。しかし、世の中には百歳を超えてなお矍鑠とご活躍の方も多く、その方々の共通点は新しい事を始めることで気持ちが若返ることだと聞いています。若返りはともかく、また上達のスピードは若者には及ばなくとも、脳が喜び、体が反応するようであれば、結果として多少なりともアンチ・エイジングやウイズ・エイジングに役立ちそうだと考えました。とは言え、巷にはピアノやフルートやギターなどのカルチャー教室がたくさんある中で、なぜ尺八にしたのか?仕事はメーカーの開発部門で言わばデジタルの世界でした。退職後は今まで敬遠していた文系の世界を覗いてみようと母校で心理学の講座をいくつか受講していた折、平成20年(2008年)8月に日本心理学会の年次大会が衣笠キャンパスで開催され、図らずも裏方として手伝うことになりました。その時のおもてなしの一つの茶会で琴と尺八の合奏演奏を聴き、これぞまさしくアナログの世界だと合点しました。それから2年後、知人の紹介で中川廣山師の門を叩きました。稽古は師匠と1対1の対面で行われますが、辛いことのひとつが正座でした。初めは10分もすると足腰膝が耐え切れず、稽古中断ということもしばしばでした。和事の稽古にはこういう面での修行も必須のようです。

さて、発表会というのは子供たちのピアノ教室やバレエ教室でおなじみですが、私の社中でも勉強会と称する発表会がありました。その様子が次の写真です。

平成25年(2013年)1月14日 勉強会 (大江能楽堂にて、右端が筆者)

また、門下生の大学生が同じ学校の学生でもある師匠と一緒に尺八学習会というクラブを立ち上げ、毎年学園祭で尺八のワークショップを開きます。一緒に演奏したり、来場者に尺八の吹き方の指導をしたりと手伝っています。さらに、この大学では学生による芸能祭があり、尺八学習会も参加するので、ここにも枯れ木の賑わいとばかりに出演しています。その様子が次の写真です。

平成28年(2016年)2月21日 京都造形芸術大学芸能祭(春秋座にて、右から2番目が筆者)

この他に、京都市内の吉田神社や京都洛北の鞍馬寺での奉納演奏が毎年あります。不定期なものとしては高齢者施設への慰問演奏などもあります。尺八は首振り3年と言われるように、3年や5年でまともに吹けるわけではありませんが、みんなでやれば怖くないとばかりに恥も外聞もなく参加しています。

ところで、最近嬉しいことがありました。母校の後輩に当たる大萩康義氏(平成22年(2010年)、法学部卒)が若手の尺八演奏家としてNHKの番組Eテレ「にっぽんの芸能」(9月21日放映)に出演されました。実はその1ケ月前に、偶然にも京都市内で大萩氏にお会いする機会がありました。聞いてびっくり、尺八演奏家であると同時に尺八を作る製管師でもありました。そこで早速、普化宗(虚無僧)の尺八を注文しました。虚無僧と言えば天蓋をかぶり、門付けをして演奏する姿でおなじみですが、尺八自体も吹き方も現代尺八とは異なり、独特の音色と調子をもっており、吹くことが禅の修行とさえ言われています。己が歳を考えるとそろそろそういう境地に入るのもよさそうだと普化宗の稽古を始めたところでしたので、渡りに船で本当に助かりました。新しい尺八が出来てくるのを楽しみにしているこの頃です。

未熟ながら尺八をやってきて思うことは、尺八の世界が今まで慣れ親しんできた洋楽の世界では経験できなかったアナログの、しかも高度に複雑な世界ではないかということです。それは単に曖昧ということではなく、かと言って、エレキギターの意図されたファズトーンのようなものでもなく、まさしく心技体と場が適切に呼応して作り出す音の世界のように思います。家での稽古は騒音をまき散らしてご近所迷惑なことですが、もうしばらく我慢をお願いしようと思って頑張っています。(平成30年(2018年)10月 記)

 

機友会ニュースデジタル版第53回 箱岩 千代治 氏(1963年卒) 「七十の手習い」