今回は、昭和40年卒業のOB、 小嶋 一郎 氏に執筆いただきました。

 

「日本の宇宙開発の歴史と開発の苦悩体験談」 

小嶋一郎(昭和40年機械工学科卒) 2017.10

はじめに

卒業後造船所に就職、その後昭和53年に宇宙開発事業部に転籍しました。ちょうどこの年から日本は液体ロケットエンジンの純国産化を始めた時期で、会社は人手不足もあり宇宙開発に配属されました。それ以来今日まで私は日本の宇宙開発で苦労して来た一人です。ここでは宇宙開発輸送系であるロケット開発に特化して体験談を述べます。

日本での最初の液体ロケットはアメリカからの買い物で、独自の技術で無かったため、独自開発にはNASAの文献を勉強する等苦難の連続、失敗の連続でした。しかしその失敗と苦難はその後に生き、現在では世界に誇れる信頼性と性能を誇るロケットとなっている。これまで宇宙開発に従事して来た技術者や関係者の叩かれても決して諦めない不屈の精神、忍耐力を称えたい。

日本のロケット成功率は2017年8月現在H-IIAロケットの打上げは29機連続成功となっている。これまで全35機中、成功は34機で(失敗は2003年11月の6号機のみ)、成功率97.14%となった。増強型であるH-IIBロケットを合わせると、連続成功は35機、成功率は97.56%と信頼度は世界のどこにも引けを取らないものになった。

以下に開発当時のロケット技術の特異性、政府、マスコミの対応、日本の文化、風土を背景にロケット開発を行って来た現実を考えたいと思います。

しかし現状は約30年前とは異なり宇宙開発業界はもとより政府、マスコミも宇宙開発の困難さ、重要さを理解して良い環境、雰囲気に変わって来ている事を付け加えます。

Ⅰ.ロケットの特異性

1) ロケットは極限までの軽量化を必要とする構造体である。

2) 宇宙開発における技術は、過去日本が経験してこなかった分野である。

―ロケットエンジンは自動車用エンジン、ジェットエンジンとは全く中身もプロセスも異なる技術で成り立っている。

―ロケットエンジンは使い捨て型でエンジンに要求されるのは一回切りの確実な燃焼である。

―ロケットの設計は、始めに寿命ありき、その寿命を前提にして強度極限でのところで設計をする

極言すれば要求される燃焼時間を過ぎたら、その瞬間に崩れてしまうくらいの、ギリギリの強度が理想的である。

①機体全体を軽量化するため余裕を徹底的に削る、H-Ⅱは荷重に対して安全係数が1.2で設計した。

②極限の設計をする寿命管理品目はH-ⅡのLE7エンジンは10回の燃焼起動、停止の条件で設計、11回目は壊れても仕方ない設計である。

③冗長系は持たない。

3) ロケットは巨大なエンジンシステム

―ロケットはごく短時間に桁外れの巨大なエネルギーを発生して飛翔して行く。

自動車、列車は時速400km以下・・約360km(秒速約100m)、航空機は秒速1000m(マッハ3以下)

ロケットは空気抵抗を考えて秒速8000m以上でなければ地球の引力に勝てない。

―LE7エンジンは毎秒760リットル(ドラム缶4本分)の液体水素と液体酸素を約3000℃、約130気圧で燃焼させる。

高圧燃焼させるために液体酸素と液体水素を燃焼器に送り込むターボポンプ出力は約3万馬力である。

-エネルギーは戦闘機の100倍、 F-1なら1万倍となる。

Ⅱ.ロケット失敗の要因

1) 開発の前提(失敗の確率)

―ロケットは、始めに寿命ありき、寿命を前提にして、強度極限のところで設計を行う。世界のロケット開発機関は、この前提の基に成功率を設定する、90%とか、95%とか

H-Ⅱロケットは90%以上に設定して設計、試作、製作が進められて来た。最終的には95%になる予定で、20機で1回失敗の計算で、悪くても2機と計画した。 (注:P8参考資料、世界のロケット打ち上げ成功率参照)。

しかしこれは40機から50機打っての平均値、初期は失敗の確率は非常に高くなるのが技術の証明である。「バスタブ・カーブ」という表現があるように打上機数が多くなれば次第に失敗の確率が低下して、やがて安定する。

最初の10機から20機は膿をだす期間である。ロケットは打ち上げに失敗しても現物が戻って来ないため、どこに膿があるのか分からない。成功してもマージンが充分あったのか、あるいはどの程度までのギリギリの成功かは分からない。この膿だし期間は重要な時で、出来るだけ失敗をする事で不確定要素を見つける事も大切と言う矛盾の代物である。第三者からは許されるはずはなく、実に皮肉な現実です。

自動車やジェットエンジンのように試験場で充分膿を出し、改良を重ね、定期点検での安全性を確認しながら成熟させる開発とは質的に異なるのが宇宙開発の技術である。経験則が生きる技術。

2)失敗の実績

世界の主力ロケットは10機の内の成功率の平均は約7割である。

日本のH-Ⅱロケットは7機中2機失敗、H-ⅡAロケットは6機中1機失敗でした。それまでのN-1~H-1ロケットはボーイング社からの買い物の成熟したデルタロケットがベースであったため失敗はなかった。その事は純国産ロケットに取組んで来た日本の開発者には失敗しないという神話が足かせとなった事は不幸な事実でした。

Ⅲ.開発現場のモチベーション低下

1)当時の日本の政府は宇宙開発に無関心のため、宇宙分野における国家的なポリシーは不在であった。

その結果宇宙開発に必要とする予算を手当されず、その一方では開発現場に失敗は許せないという要求を突きつける事が常態化した。

日本の政治家は宇宙開発と先端技術をあまり理解していない。いわゆる選挙に関する事に躍起になっても科学技術という膨大な投資を必要とするものは、すぐには利益に繋がらないため無関心を装う。

2) 会社の先行投資に対しての見返り不足

会社は営業戦略的に将来を見越し、先行投資で臨んだ。儲からないけれども将来性のためにやるがモット-・・・、これは長続きしない。

会社はゆとりで何とか技術開発や技術力の維持にチャレンジしたがこのゆとりがなくなるとどうなるかは明らかである。政府は新しいもの造りの開発技術には費用が掛かるため無関心、政府はその重要さを認識してない。 この風潮が、さまざまな弊害をもたらした。日本人の科学技術に対する極端なまでの無知・無関心もこれに無縁でない。

3)日本の文化、風土、日本とアメリカ、他国との違い、

ほめる文化と説教する文化の違い、日本人は説教や叱責が大好き、それが思いやりと信じている。下手をすると説教されて金を払わされてしまう風土である。

スペースシャトルチャレンジャの事故時、アメリカ国民のほとんどは悲しみを超えてとレスポンスしたが、日本の女学生はおう怖い、なんでそんなあぶない事をするのと言ったそうです。

アリアンⅤの失敗の時、シラク大統領がこれは非常に残念な事だけれどもこれを乗り越え、がんばって、次の打上げに向ってくれと!

日本のマスコミは建設的意見を述べる報道はせず、国民の税金の無駄使いだけを強調し足を引張る報道のみに終始した。

Ⅳ.ロケット開発の規模

1)ロケット開発費

-H-Ⅱロケットは2700億円(開発から打上まで9年・・300億円/年)

・エピソード:最初は2000億円であった、この時アメリカ側技術者は1段エンジンの開発で2000億円かと言いクレージーと言ったとか・・。

-H-ⅡAロケットは1150億円(開発から打上げまで7年・・165億円/年)

・H-Ⅱロケットと共通しているところは打上げ能力と直径くらいで、設計はほとんどと言って良いほど異なる。

-他産業との投資比較(参考例)

・本州四国連絡橋(3個の橋):2兆8000億円

・東京湾横断道路:1兆4400億円

・関西空港(第一期工事):1兆4300億円

2)官需は儲からない、開発メーカの苦悩

-官需は原価計算方式である。国民の税金である以上、利益額は決まっている。原価に対して4~5%程度である。案件によっては10%である。この方式はメーカの企業努力は利益にならない。

Ⅴ.ロケット開発技術者

ロケット開発を効率よく行うには、システムを纏め上げるシステムエンジニアリングと高度な技術をもつ人材の確保、維持、育成が必須となる。

したがって、これら技術者の育成と維持には、多大な投資が伴う。

-ロケット開発技術者に要求されるもの(特質)は大規模・複雑なシステムであるため、それをまとめるエンジニアリング力、高度な技術力と要求仕様の具現化力。

-そしてその技術の伝承力、ノウハウを如何に言語化・数値化・図表化するかの力。

-技術開発の動機は「生活を豊かにする」ために、「不可能を可能にする」、すなわち「危険を安全にする」心構えが必要であり、そのために、技術開発の中に潜む人間の過誤(ヒュ-マンエラ-)の存在の認識と技術者の安全に対する心構え、すなわち犯しやすい事故の軽減のためのマネージメント技術、仕組みが必要である。

Ⅵ.これからの宇宙開発

初期の開発経過はともあれ、前述の如く、現状では世界に誇れる素晴らしい成果を挙げているがJAXAは次世代を考えての基幹ロケット開発に着手した。

その次世代基幹ロケットとはイプシロン固体ロケット、H3液体ロケットを指す(注:P8参考資料H3液体ロケット、イプシロン固体ロケット参照)。

1)国際競争力に勝てる安価なロケット開発

2)より安全を考慮したロケット開発

3)日本のロケット開発の人材育成

過去ロケット開発に従事した技術者はいなくなっている、歴史は繰り返すという諺がある、机上の空論にならない様に過去の失敗経験を謙虚に学び

目的を達成する事を望みます。

 

参考資料

1.我が国のロケット開発の経緯

・固体ロケットと液体ロケットの開発歴

2.基幹ロケット(開発中・・今後のロケット)

 ・H3液体ロケット、イプシロン固体ロケット

3.世界のロケット開発成功例

 

1.我が国のロケット開発の経緯

 

2.我が国の基幹ロケット(左図:H3ロケット、右図:イプシロンロケット

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3.世界のロケット開発成功例

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機友会ニュースデジタル版第22回 小嶋 一郎 氏 (昭和40年卒業)  「日本の宇宙開発の歴史と開発の苦悩体験談」