「マイクロマシンの手」

機械工学科?教授 小西聡

 

機械工学科の小西聡です。1996年に本学機械工学科の講師(専任)として着任し、2006年より教授を拝命しております。マイクロマシンの研究を25年以上続けています。

東京で学生生活を送っていた頃、本学のBKC展開、さらにはシンクロトロン放射光(SR光)施設整備に象徴される思い切った理工系の動きを知り、そのフロンティア性に強く惹かれて門をたたきました。博士の学位を取得後すぐ着任したのですが、あれからはや20年余が過ぎ、当時まだ博士課程の学生だった若輩者の採用を決断頂いた方々には改めて感謝の思いです。

さてこの間、私にとって本学の自慢材料の波がいくつかありました。着任当時では、BKC展開に伴うフロンティアの波に加え、産学連携とそれを支えるリエゾンオフィス(現リサーチオフィス)の支援が印象的です。学外からも非常にうらやましがられました。また、ここ最近の私の感じる波には、総長が機構長を務めるR-GIRO(立命館大学グローバルイノベーション研究機構)の活動があります。機友会会長の津田様には、私が代表を務める研究拠点の“専属”アドバイザーをして頂いており、いつも貴重なアドバイスを頂いております。「からだ活性化総合科学技術研究拠点」という研究拠点なのですが、工学分野も機械から電気電子、化学さらには生命科学、薬学、そしてスポーツ健康科学といった分野まで、学際的なメンバーが集まって、からだの筋肉(骨格筋)をムキムキと元気にしようとしています。少々乱暴な飛躍した説明で恐縮ですが、大学のHP等をご覧頂く等で詳細割愛をお許し下さい。

私の専門のマイクロマシン(研究)は、もともとメカとエレクトロニクスの融合ですから、先天的に学際的な“触手”が備わっています。“触手”といえば、私の代表的なマイクロマシン研究に、小さな手:マイクロハンド・ロボット(写真1)があります。小さく柔らかなシリコンラバー製の手で、小さな風船からできた人工筋肉で動きます。顕微鏡下の動きです。愛知万博(2005年)でも展示し、その後医工連携への発展により、内視鏡手術時の臓器斥排や眼球内の再生医療支援への応用に展開してきました。まさに、目に入れても痛くない(?)マイクロマシンです。

<写真1:細胞塊もつまむマイクロハンド・ロボット>

もう一つ、私のマイクロマシンの研究の柱となるコンセプトに“細胞―ぐ(小西の造語です)”があります。メカにエレクトロニクスだけでなく細胞まで融合させたサイボーグならぬ“細胞―ぐ”のことです。最近の“細胞―ぐ”研究の成果では、人工の腸管(写真2)を実現し、薬剤評価への応用を薬学部と一緒に進めています。この直径数mmの人工腸管にも人工筋肉が内蔵されていて、培養細胞に覆われている腸管内部を開けて見ることができます。まさに、マイクロマシンと細胞が融合した“細胞―ぐ”なんです。

<写真2:薬剤評価用の人工腸管と薬液の流れ>

このような学際的な研究の実施には、専門の異なるメンバーが集う場が重要です。私がセンター長をさせて頂いているバイオメディカルデバイス研究センター(2010年設置)では、上述のR-GIROの活動と連携し、学際的な研究推進に力を入れてきました。センター名にデバイスがありますように、その中でも「ものづくり」の意義を重視しています。学際的な活動を進める中で、逆に一層「ものづくり」の存在意義への思いが強まるのが興味深いです。センター付属の企業向け会員制コンソーシアムでは、毎年セミナーを開催し、こうした学際の楽しさを共有させて頂いています。

私自身について少し。趣味は“動”のほうでは、スポーツ:サッカーとスキー、カヤックです。サッカーのドリブルやスキーのターン間のニュートラルポジションの感覚が好きです。ふわっと浮いた次のアクションへ、の感覚です。“静”のほうでは、ガーデニングを長く続けています。この種の話はまた長くなりますので自重しまして、そろそろ締めに入ります。

御多分に漏れず、20年余を経て、私の研究室からも現在200名以上の卒業生が研究室を巣立ちました。卒業生への関わりは、自分の研究室のメンバーだけに限りません。海外出張の折、別の研究室を巣立った卒業生が駐在していて偶然出会って声を掛けてくれたということがありました。これも機友会のつながりの一つの形になりますでしょうか。このようなネットワークを育む機友会の益々のご発展を祈念して、拙文を閉じさせて頂きます。

機友会ニュースデジタル版第19回 機械工学科 小西聡 先生 「マイクロマシンの手」