立命館大学機友会大阪支部会のご報告  

                                                                                                       2020.6.21

立命館大学機友会 大阪支部長 河瀨 宗之 

1.はじめに

梅雨の頃、世間では新型コロナの対応が模索される中、立命館大学機友会の皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

さて、私は2020年3月1に行われた機友会大阪支部の第三回総会で支部長を拝命しました河瀨宗之でございます。以下、小職の自己紹介と、支部長を拝命した経緯について、まずご報告いたします。小職は、1980年(昭和55年)に立命館大学大学院理工学研究科機械工学専攻を、田中道七教授のご指導を賜りながら修了。同年、久保田鉄工株式会社(現在は株式会社クボタに社名変更)に入社して、農業機械の開発活動に係わってきました。具体的には、稲麦を収穫する自脱形コンバインの開発(設計・研究)、解析業務を推進する中で、課長職を1994年に拝命しました。1997年から徳島大学に3年間内地留学(現行業務はそのまま継続)し、2000年には徳島大学より、コンバインの脱穀機の唐箕ファンの研究で工学博士を授与されました。また、同年、副部長職を拝命しました。その後、2009年には農業機械の試作品の製作・サービス部品の設計/製作業務の部長・室長の兼務を拝命したあと、2013年に役職定年となると同時に、品質強化のために新設された部署に異動して、中国市場向けコーン収穫用コンバイン・中国市場向け田植機・アシストスーツ・ドローンの開発活動に加わって、DR(デザインレビュー)を推進する業務の担当部長を拝命し、2016年に定年を迎えました。その後、株式会社クボタに再雇用されて、前述の製品のDRと新たにRA(リスクアセスメント)を担当するシニアエキスパート職(部長待遇)として、現在も、同業務を推進中です。

【図1 機友会大阪支部長 河瀬宗之】

さて、2019年に酒井名誉教授から小職に、支部長就任の打診がありました。この年はDR・RA業務を推進中で、試作機の現地試験に国内(北海道から沖縄県まで)はもちろん、アジア各国を訪問(中国、タイ、インド、ベトナム、台湾、韓国 等)する関係で、出張が多い業務を推進中でした。まさに、東奔西走している状態なので、支部会の会合に出席すること自体が難しいかもしれないことをお伝えしましたが、酒井名誉教授は適任なので、是非とも引き受けてほしいとの強いご推薦があり、今回お受けした次第であります。このように、業務の都合で時間の都合が付けにくい環境にあり、支部会活動の推進には至らぬところも多々あるかと思いますが、お受けしたからには支部長職を、可能な範囲で全力で取り組む所存ですので、立命館大学機友会大阪支部会(以下、支部会と記します)活動に対しまして、皆様からの温かいご指導・ご鞭撻をよろしくお願いします。

2.立命館大学機友会大阪支部立て直し活動

それでは、支部会活動内容についてご報告いたします。実は、支部会活動は1998年に第二回総会を開催したあと22年間休会中でした。この状況に鑑みて、酒井名誉教授の陣頭指揮の下、支部会を立直しするメンバーを選出して頂きました。メンバーの中には立命館大学から庶務幹事として岡田准教授が入って頂き、事務面では機友会本部の萩祐子様の絶大なご協力を得て、まず準備活動を推進しました。

この準備活動は、酒井名誉教授からご指示頂いた次の3つのミッションの推進です。①会計の引継ぎ(事前に酒井名誉教授により当時の関係者に、問い合わせ頂きましたが面談すらできず、調査は不可能なことが判明。更に、当時の状況を知るメンバーで継続調査しましたが、状況は変わらず、会計の引継ぎは断念し、会計は0ベ-スからの再出発を決定)。②会則を見直す(時代に合った内容に変更する)。③第三回総会を実行することです。以上の項目について、5回に亘り検討を加えて参りました。この活動の中で、機友会本部との連携が重要なことが判明しました。そこで、機友会のご担当をされています伊藤副学部長、上野教授に相談に乗って頂きながら、準備活動で判明した疑問点の解決にご尽力頂きました。

その結果、2020年3月1日(日曜日)に立命館大学いばらぎキャンパス B棟4F(フューシャープラザ) 413ルームで、支部会行事を挙行することができました。当日は新型コロナの影響が出始めていましたので、皆様が楽しみにされていました懇親会は急遽中止とさせて頂きましたが、立命館大学より酒井名誉教授、伊藤副学部長、上野教授、立命館大学機友会より池田会長のご臨席を賜りながら、合計22名のご参加を頂き、機友会大阪支部の 『 第3回総会 』 と、『 酒井名誉教授の基調講演会 』 を開催いたしましたので以下、ご報告いたします。

3.第三回総会

辰巳国廣副会長の司会の下で、下記総会議事が滞りなく推進することができました。

①機友会大阪支部 新旧役員代表挨拶 ・・・河瀨 宗之

②来賓挨拶(機友会会長)???????????  ?????? ・・・池田 英一郎 機友会会長

③機友会大阪支部役員候補紹介と承認 ・・・下記メンバー(敬称略)が各自自己紹介

支部長 ? ??河瀨 宗之

副支部長 中川 明義

副支部長 辰巳 国廣

副支部長 川中 綱夫

庶務幹事 岡田 志麻(立命館大学准教授)、(当日は学会の公用で欠席)

庶務幹事 松本 忍

会計幹事 中谷 與志則

会計幹事 柳田 美由紀

顧問   芳田 安弘(準備検討会のみ顧問として参画、2020.3.1退任)

⇒ 上記内容を参加者、全員の拍手をもって、上記メンバーが承認されました。

④会則変更・・・中川 明義 副支部長

⇒ 時代の変化に鑑みた内容の修正について、参加者全員の拍手をもって承認されました。

⑤活動報告/会計経緯報告 ・・・川中 綱夫 副支部長

⇒ 5回の活動と、0ベースで会計を推進することを参加者全員の拍手をもって承認されました。

⑥会計報告。会計監査報告 ・・・柳田 美由紀 会計幹事、松本 忍 庶務幹事

⇒ 経費の運用状況を報告及び、監査報告をし、参加者全員の拍手をもって承認されました。

⑦今後の活動計画・その他(新支部長挨拶) ・・・河瀨 宗之 支部長

 

4.酒井名誉教授の基調講演

①酒井先生のご紹介・・・中川 明義 副支部長

P-S-N線図を用いた、長寿命域の疲労寿命の研究結果が世界的に高く評価されている(論文の引用件数がNO1)ことのご紹介を中川 副支部長からご紹介がありました。

この紹介を受けて、当初予定はしていませんでしたが、酒井名誉教授により、介在物 と 疲労強度のばらつきを示すP-S-N線図に関する解説をして頂きました。膨大なデータから緻密な分析により結論を導かれたご研究に対し、一同感動いたしました。

 

 

 

 

 

 

 

【図2 介在物とP-S-N線に関する解説】

②貴重な資源 『 鉄 』 の利用と人類の遥かな営み・・・酒井 達夫 名誉教授

ご講演頂いたテーマは、運命の導きのように現れたものでした。その内容は、立命館大学びわこキャンパスの地下にあった遺跡をスタートに、ビッグバンの話にまで言及されたもので(図5)、先生のご講演に全員が引き込まれるような感覚の中、時間の経つのを忘れた素晴らしい一時でした。

【図3 ご講演の全体のようす】

【図4 講演直後の講演テーマの趣旨説明の一コマ】

【図5 ビッグバンまで遡ったご講演の一コマ】

具体的なご講演の内容は、立命館大学びわこキャンパス全域が、『7~8世紀頃に大規模な製鉄が行われていた遺構』で、製鉄炉、大/小鍛冶場、多数の工房、炭焼き窯、梵鐘鋳造場、労働者の宿舎跡に加えて、須恵器・土師器などの陶器の製造施設も発見された場所である。一方、詳細な発掘調査をすると、『本製鉄遺跡の労働者は4000名に上る巨大な古代製鉄コンビナートである』 ことが判明した。この事実に端を発して、文化財・文献の調査、NHKのテレビ番組から得られた内容の紹介と、幅広い調査・研究をベースとした酒井名誉教授の考察が加えられもので、実に見事なストーリー性のある内容でした。到底すべてはご報告できませんが、小職がご講演の中で特に印象に残ったポイントのみ、以下ご報告します(なお、詳細な内容は立命館大学機友会のホームページに詳しく記載されていますので、ご興味のある方はご一読ください)。

1)歴史的な背景として、7世紀頃の日本は国力が弱かったので、人民を統括するための施策の一つとして、大和朝廷は貨幣の製造と配布を計画し、最初に実現したのが600年代の 『 無文銀銭 』 と呼ばれる銀貨でしたが、人民は貨幣の意味や価値が理解できず、しかも、8~10gの範囲のばらつきがある粗末な貨幣しか製作することができず、普及は失敗しました。その後も貨幣制度の確立に向けて色々な工夫を重ね、『 富本銭 』 が鋳造されて形状・重量などが安定した結果、少しは流通し始めましたが、日常生活で広く利用するには至らず、その後、元明天皇の時代(708年)に造られた 『 和同開珎 』 により初めて全国レベルで流通し、ようやく、貨幣制度の確立に至ったという経緯がある。

2)この時代の鉄の重要性の考察として、酒井名誉教授は、まだ貨幣制度が確立していないこの時代に、滋賀県の近江の地では4000名規模の労働者により、大量の鉄が製造されていた事実を冷静に考えると、鉄を自由に成型できる脅威の集団が、製鉄炉で鉄鉱石や砂鉄を加熱して溶かし、炉底で固まった粗鉄の不定形な塊りを再度過熱して叩いたり、曲げたり、伸ばしたりすることにより、広範な道具や武器・武具などを製造するコンビナートを形成していたことになり、大和朝廷にとって、この事態の重要性は、極めて高いものであったはずだと推察されました。

3)この状況の中で、国の体制を維持発展させるための施策に対して、酒井名誉教授の考察が冴えます。朝廷は知らない内にとんでもない巨大製鉄コンビナートが近江の地に出来上がり、太刀打ちできないレベルにまで到達してしまった。このような状況下になれば、自ずと歴史が動くものだと推察されました。熟慮を重ねた結果、国府の権威を維持するためには、『近江の製鉄集団の長を新たな天皇として迎える秘策』に打って出ることが必要となり、第26代天皇として507年に継体天皇が即位したのではないか。視点を変えてみると、国(国の体面)を続させるためには製鉄集団の長を天皇に迎える以外に方法はないという考えから、名前に「継体」という二文字を冠したというご推察でした。これを拝聴した瞬間、7世紀頃の歴史へのロマンを感じました。

4)酒井名誉教授は製鉄技術の伝搬についても調査され、製鉄技術は、現在のトルコ付近を中心に高度の文明を築いたヒッタイト人により紀元前1600年頃に確立され、ヒッタイト王国の衰退(紀元前1200年頃)により、製鉄技術が世界的に伝播した。更に、NHK特別番組で、ヒッタイト王国で確立された『製鉄技術の伝播経路(アイアンロード)』は、よく知られた天山山脈を介するシルクロードよりはるか上方にあったことをご紹介頂いた。

これは、製鉄はシルクロードの成立とは事情が異なり、木炭をつくるための木が大量に必要で、その条件を満たす地理条件が必要なため、シルクロードとは別のアイアンロードが形成されたとの考察をされていました。

以上の内容は小職の聞き違い・思い込みがあるかもしれませんが、小職の聴講メモを元に感想も含め、ストレートに記載させて頂きました。聞き違い・理解不足の節はご容赦賜りますよう、よろしくお願い申しあげます。

 

5.む す び

新コロナの影響で、働き方が大きく変化(テレワーク主体の業務に急激に変化)する中とはいえ、本報告が大変遅くなりましたことをお詫び申しあげます。

さて、支部会活動が再開できましたのは、立命館大学機械系の関係者の方々の絆が強かったということを痛感致しました。顧みますと、支部会の準備活動におきましは、酒井名誉教授のご尽力により、支部会再会活動を推進することができました。更に、支部会活動の準備にご尽力頂いた、機友会本部の伊藤副学部長、上野教授、萩祐子様と、岡田准教授を含む支部会の役員の皆様が、支部会を盛り上げるために、それぞれが大変忙しい中、『適切な助言』 と 『互いにできることを率先して行う』 ことを推進頂いた結果だと考えます。紙面を借りて感謝の気持ちを表しますと同時に、御礼申し上げます。

また、今回の支部会活動にご参加頂いた22名の皆様に対し、心から感謝させて頂きますと共に、今回ご都合に参加できなかった支部会のメンバーの皆様も含めて、次回の支部会の行事にご参加頂を賜りますことを切望しますので、よろしくお取り計らい下さいますようよろしくお願い申し上げます。

最後になりましたが、今回の支部会活動を開催するに当たり、機友会の事務局の方々のご配慮により、立命館 理事長 森島朋三様、立命館 総長 仲谷善雄様、 立命館大学 校友会 会長 村上健治様から祝電を賜りましたことをここに記し、心より御礼申し上げます。

 

             【図6 支部会行事にご参加頂いたメンバーとの記念写真】

以 上

機友会ニュースデジタル版第102回 河瀬 宗之 氏(昭和55年機械工学専攻修了)「立命館大学機友会大阪支部会のご報告」