山末英嗣先生の機友会ニュースデジタル版第2弾です!第5回と合わせてお読みください。

「古代製鉄の温故知新」

理工学部機械工学科の山末です.今回は,日本の古代製鉄「たたら製鉄」についてご紹介します.たたら製鉄とは日本古来の製鉄法です.4トンの釜土で炉を作り,三日三晩かけて砂鉄10トンと木炭12トンを交互に投入して3トンの鋼塊を生産します.「もののけ姫」という映画でもたたら製鉄が題材として取り上げられており,この映画を通じてたたら製鉄を知った人も多いかもしれません.「鉄は産業の米」という言葉もありますが,古代においても鉄は重要な役割を果たしてきました.銅よりも鉄,そして強い鉄を作れるものが社会を支配していました.いかに鉄が社会にとって重要だったかを知れる事例はいくつもあります.例えば,「代わりばんこ」という言葉の「ばんこ」とは鞴(ふいご)のことを意味しています.鞴を踏むことは重労働であったため交代で踏まれていましたが,その言葉は現在でも生き残っています.「とんちんかん」という言葉は師匠と弟子が鍛冶をするときにタイミングが合わない様を意味する表音語ですが,現在はそれが転じて間抜けな言動や辻褄が合わない様を意味する言葉として使われています.相槌という言葉も,師匠と弟子が槌(ハンマー)のタイミングを合わせることから来ています.これらの事実はいかに鉄作りが昔の人にとって身近であったことを示す証左と言えるでしょう.

さて製鉄の起源は,紀元前15世紀ころにヒッタイト人が偶然発見したという説が有力です.その技術は国家機密扱いだったようですが,ヒッタイトの衰退と共に西方(欧州),南方(アフリカ),東方(アジア)に伝わっていきました.東方ルートではシルクロードを通り,B.C.500年頃にはインド北西部,中国へはB.C.300年頃,そして日本には6世紀後半に朝鮮半島を通して伝わりました.日本は,鉄資源にも乏しかったのですが,比較的大量に採れた(しかし低品位だった)砂鉄をうまく利用し,たたら製鉄として20世紀初頭まで商業生産を行っていました.

たたら製鉄で作られた鉄(厳密には鋼)は,鍛冶職人によって農耕具,包丁等に加工されていましたが,最も有名な製品は日本刀でしょう.その硬さと粘さを備えた強さは,現代の製鉄技術でも実現できず,たたら製鉄で作られた鋼(玉鋼とよばれます)をもって初めて実現できたと言われています.それはなぜでしょうか?実は,それはたたら製鉄のプロセスに秘密があります.誤解を恐れずに簡単な言葉をつかって説明すると,たたら製鉄では鉄が還元できるギリギリの条件(酸素分圧と温度)で操業を行っていたのです.たたら製鉄の原料である砂鉄や熱源である木炭には,酸化物をはじめとする多くの不純物が含まれていますが,たたら製鉄ではそれらの不純物はそのままで鉄だけを還元できるのです.金属と酸化物(不純物)は水と油のように混ざりにくいため,鉄は不純物から容易に分離できます.一方,現代の高炉と転炉を使う製鉄法では,効率向上のため,非常に低い酸素分圧とたたら製鉄より数百度高い高温で操業されます.この場合,上述の不純物までもが単体まで還元されてしまいます.単体まで還元された不純物は鉄と非常に混ざりやすく,これが強度の低下,腐食の起こりやすさにつながるわけです.

日本刀で代表される鍛冶にも多くの技術が組み込まれています.私が興味を持っているのは「折り返し鍛錬」と「焼き入れ」の技術です.折り返し鍛錬は,炭素濃度にムラのある材料を伸ばして折り曲げて接合するというプロセスを繰り返し行うことで材料を均質化するプロセスですが,そこには加工と接合という機械工学的なプロセスが関わってきます.特に接合では100の炎を見分けるという職人の目が最適なタイミングを見いだし,融剤等を一切使わず槌(ハンマー)の一撃で鋼同士を接合します.これはベッセマライジングという鉄の燃焼反応をうまく見いだしていることに相当します.また,焼き入れは800℃程度に赤めた材料を一気に水冷することで材料を急激に硬化させる方法で,日本刀や包丁の刃の部分を作る上で必要不可欠なプロセスです.焼き入れ自体も興味深い技術なのですが,焼き入れをする際,職人は焼き入れしたい製品の表面に薄く土と炭素と粘土を混ぜたものを塗ります(置き土といいます).このようなことをすると一見冷却効率が下がり,焼き入れがうまくいかないように感じるかもしれませんが,実は置き土をすることで膜沸騰を防ぐことができ,冷却効率を劇的に改善できます.そして,刃の部分と峰の部分の置き土の厚さを変えることで焼き入れ速度を制御し,刃の部分は硬く,峰の部分は粘りを残した状態にします.これは正に移動現象論の話なのです.

余談ですが,日本刀の反りは職人が加工して作ると思われていますが,実は反りは焼き入れの段階で自然に入ります.焼き入れで鋼が硬化する現象の背景にはマルテンサイト変態という現象が関わっていますが,その変態は体積膨張を伴います.職人はこの体積膨張を計算して,事前に刀の形を決めておくのです.

このようにローテクノロジーと思われる古代製鉄法(と鍛冶)ですが,その実態は何代にもわたる職人の経験と叡智によって見いだされた一筋の道であり,科学的にも合理的なものが多いのです.私の研究では,これらの経験知の裏に隠れた真理を見いだし,現代の新しい技術に応用することが目標の一つでもあります.たとえば,たたら製鉄は「粉鉱」である砂鉄を利用します.実は,日本以外の古代製鉄(というか現代製鉄も)では,ほとんど例外なく鉄源として赤鉄鉱(ヘマタイト,Fe2O3)が利用されていました.一方,日本では赤鉄鉱がほとんどとれず,比較的多量にとれる砂鉄,つまり磁鉄鉱(マグネタイト,Fe3O4)を使わざるを得ませんでした.しかし砂鉄は赤鉄鉱に比べてきわめて還元されにくい構造を持っています.そのため,砂鉄を商業製鉄に使った例はほとんどありません.この問題を解決するため,たたら製鉄では粒径100 μm程度の粉状の砂鉄を使用しています.現代の製鉄法は改良に改良を加えられ,乾いた雑巾と揶揄されるほど成熟しています.そのため,さらなる低環境負荷あるいは省エネルギー化を目指すためには抜本的に新しい製鉄法を考えなくてはなりません.そこでヒントとなるのがたたら製鉄における粉鉱の利用です.これにより劇的な反応速度の向上が期待されます.ただし,現在の製鉄炉に粉鉱をそのまま使うと炉の目詰まりや伝熱の問題が発生してしまいます.これらを解決するため,私の研究室では「マイクロ波伝熱」に注目し,わずか15分間で鉄が作れるようなプロセスを提案しています.古い技術でもよく観察すると,新しい技術として利用できるようなエッセンスがあることも多いのです.正に温故知新と言えるでしょう.

たたら製鉄は熱力学・移動現象論・化学反応論という学問領域を大きく含んでいますが,ものづくり教育としても非常に優秀な教材です.私はたたら製鉄を20年以上小中高校生に向けたものづくり教育にも利用していますが,自らの手で砂鉄を集め,それを使って鉄作りするという経験は老若男女問わず,ものをつくるという感性を刺激するようです.この6?7年は神奈川県の鎌倉高校と高大連携を行っておりますが,たたら製鉄において数々の失敗と成功体験を繰り返した内容を研究としてまとめています.そしてその成果は日本学生科学県作品展において二年連続の神奈川県知事賞の受賞につながっています.受賞は副次的なものですが,この経験を通じて高校生たちはものづくりの楽しさを体験し,さらには論理的な思考力が鍛えられたのだと感じています.

このたたら製鉄ですが,実はBKCにおいても操業できる体制を整えています.昨年度,同じく機械工学科の吉原福全教授と安全管理室の協力の下,草津消防署に相談をしながら写真のような小型たたら製鉄炉を作製しました.今のところ年に数回操業を行っています.つい先日の7月25日も操業しましたが,8月1日も操業を予定しています.どなたでも参加可能ですので,興味のある方はぜひご参加ください(場所:テクノコンプレクス前,時間:8:00?15:00)

興味深いことに,このBKCには木瓜原遺跡と呼ばれる製鉄遺跡が残されています(http://www.ritsumei.ac.jp/rs/category/tokushu/150219/).事前登録すれば誰でも参加可能とのことです.本学は日本で(おそらく)唯一たたら製鉄の遺跡と操業を同時に体験できるという非常に貴重な大学といえるでしょう.研究だけでなくこのような貴重な財産も長年維持していくことができればと考えています.

写真:BKCでのたたら製鉄(第一回操業時の記念写真)

 

 

機友会ニュースデジタル版第10回 機械工学科 山末 英嗣 先生第2弾「古代製鉄の温故知新」