機友会ニュースデジタル版第92回 中野 廣 氏(昭和32年卒) 「最近のニュースに絡めた2題話」

最近のニュースに絡めた2題話

機械工学科昭和32年卒 中野 廣

(1) ラグビーのワールドカップの賑わい

ラグビーのワールドカップ杯2019は南アフリカの優勝で幕を閉じました。そのなかでベスト8を目標に戦ったオールジャパンは、勝ち進むに従い日本中の人々をどんどん興奮の渦に巻き込み大いに盛り上げてくれました。そこにはあの赤白の桜ジャパンのジャージも輝いていました。このカンタベリーブランドのジャージ設計者は、ゴールドウインの沼田喜四司氏です。(カンタベリーはゴールドウインの子会社)私はこのプロジェクトには何もかかわっていませんが、かつて同氏と12年間一緒に仕事をして、今も時々交流しているという友人同士です。そんな関係で見聞きした開発にあたっての難問の一端をご紹介したいと思います。私はワコールの創業期からかかわり1993年に研究開発・生産・技術部門の担当役員を退任した経歴をもちます。そして大阪産業大学経営学部に任用されたときゴールドウインの創業者から研究開発部門の強化を依頼されました。同社では顧問という立場でしたが、この間に担当部門長としての沼田氏を中心としたスタッフの皆さんとの出会いがあったのです。

ゴールドウインでは開発にあたってマーケット志向の必要性を説き、市場調査などによる次世代の先駆け探りを体得してもらうため一緒にフィールドワークをして理解を得るように努めました。そして本務のウエアー開発では快適な人間生活に寄与する目的に向かって、身体の計測方法に始まる人間工学による設計の理論と実技の研究をしています。さらに的確に製品を開発するには、狙いを明確にしなければなりません。そこでコンセプトづくりから物理的形態を得るまでの一連の手法として感性工学を身につけてもらいました。例えば三浦さんがエベレスト登頂に際し着ていたノースフェイスブランドの一部ウエアー開発では、人口気象室を利用して寒さと汗の対策や動きやすさなどの最適性を探っています。そして実際に立山・穂高の雪山で人間の感性と物理的数値の適合性を確認したりしながら製品化してきました。

その後、沼田氏は独自にJAXAの「宇宙暮らしユニット」へ参画するなど活躍し「現代の名工」「黄綬褒章」を授与され、昨年は平成30年度の科学技術分野・文部科学大臣表彰を開発部門の科学技術賞で受賞しています。

ジャパンのジャージに関しては、強さを意識した「兜」をコンセプトとしていて同氏の工夫の跡がうかがわれます。しかし世のシステムとか制度に対応をしなければならないという難しさがあるようです。人は呼吸をしたり動いたりします。スポーツは突然思わぬ動きになったりします。これらに順応するために設計上「ゆとり」で対応していますが、3Dで設計するにあたり、その動きの軌跡をどのように見積もりパターン化するのかが重要になるのです。これがなかなか難問です。さらに使用する材料の原料は何か、織物か編物か、太さや断面形状なども絡んできます。水着のようなタイトなものでも同様です。これらに対応するにはまだ設計システムが十分でないという点で課題が残っています。

つぎの問題は、ポジションに対応して個人別にジャージをあてがうのではなく例外を除き共用のものを作らねばならなかったことです。理由は試合の前日にポジションが決まりますが、協会にあらかじめ納入するウエアーは100枚と決まっていて個別対応ができないところにあります。そこで左ロックなら4のジャージを、前にそのポジションでプレーしていたジャージを使いまわしすることになるのです。ポジションによってジャージはその機能に対応して様々なパーツを組み合して作ります。それでいて身体部位の異なる選手に適合しなければならないのです。この問題点を乗り越えて今回のジャパンのジャージができています。ほかにもいくつかありますが、このようにまだ悩ましい点が残るのです。これらの課題を乗り越えて次回のワールドカップではどのようなジャージで現れるのか、そしてまたあの興奮を生むのか楽しみです。

(2) 韓国衣類産業学会から表彰されて

近年、日韓はぎくしゃくした関係にあります。そんな折、今年の6月のこと、韓国衣類産業学会から創立20周年になるとして感謝牌をいただきました。学会の名誉会長成秀光先生とは京都で開催された家政学会で、私の発表に対し質問をしていただいたことに始まり、昵懇の間柄になりました。そんなことから1990年に梨花女子大学で開催される学会で講演するように要請され、勤務会社の宣伝にもなると思い「韓国女性の体形と意識との相関」(1970年合弁会社設立し調査済み)について発表しました。(左から成先生3人目中野、関係先生)

衣類産業学会の発足は、1998年で最初の学術大会が大邱カトリック大学であり「商品開発のための感性工学的アプローチ」と題して基調講演をおこないました。この学会が今では会員約2300名に成長しているそうです。同年、慶州で開催された日韓感性工学会でも「脳波スペクトルによる市場性評価の研究」を発表。また2006年には大邱商工会議所が主催する総会で「繊維産業の現状と将来」について話しました。学会誌にも発表していますが、2009年には補助金による「繊維産業の川上から川下における協力関係」というテーマで90ページにわたる実態調査報告書を仕上げました。いまも時々交流していますが、そんなことが評価されたものと思います。日本に関係する人々の立場が悪くなっていると聞きますが、そんな中で当学会が日本人を表彰する気になった勇気に感謝して、相互に明るく交流する時期が来ることを願ってやみません。

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